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ep28 王女は侍女

Author: 根上真気
last update Last Updated: 2025-04-25 07:01:35
【7】

時間は少しだけ遡り......。

リザレリスとエミルはこっそり部屋を抜け出した。泥棒のように人目の付かないルートを選んで、遠回りに応接室へと向かっていく。

「あの、リザさま」

「なんだよ」

「そこまでなさらなくても......」

「ふふん。これなら城の中をうろついていても変じゃないし、王女ってわからないだろ?」

ドヤ顔を決め込むリザレリスは、侍女の格好をして白い頭巾まで被っていた。これからお掃除仕事でも始めるみたいに。

「そのかわり王女殿下だとバレればルイーズ侍女長に何を言われるか......」

エミルは不安を口にする。実はリザレリスの変装衣装は、エミルが風の速さで調達してきたものだった。無論、それがリザレリスの思いつきの命令だったことは言うまでもない。

「そん時はおまえが怒られるまでだ」

リザレリスはエミルにウインクする。

「......お言葉ですが、王女殿下もこってり絞られることになろうかと」

「じゃあ見つからないようにしようぜ」

リザレリスは前向きだった。というか、彼女は遊び人のノリで楽しんでいた。

そうこうしているうちに、目的となる部屋の扉が見えてきた。

「リザさま。あの部屋です」

エミルはリザレリスに小声で伝えながら、妙に思った。こういう場合、扉の前は警備の者やらで厳重になっているはずだ。なのに誰も立っていない。エミルとしては、部屋の前まで行って「やはり無理ですね」とリザレリスへ言うつもりだった。そうすれば、さすがのお転婆プリンセスも諦めるだろうと。

「よっしゃ。こっそりのぞいてやるぞ」

何も知らないリザレリスは悪戯少年のような顔でテンションを上げる。エミルは胸に不安を抱きつつも、リザレリスについていく。

「エミル。今、人は来ていないよな?」空き巣のようにそそそっとドアの前まで来たリザレリスは、最終確認を行う。

「はい。今ならば、大丈夫です」

エミルの言葉を聞いてリザレリスは悪い顔で頷くと、ワクワクしながら覗き魔のようにそ〜っとドアを薄~く開けた。

「あれ?」

「どうなさいましたか?」

「誰も、いなくね?」

扉の間から見える狭い視界の範囲だったが、誰の姿も見当たらない。何より、話し声が聞こえなかった。

「うーん。どういうことだろう」

むむむっと考え込むリザレリスの傍で、内心エミルはほっとしていた。不幸中の幸いとはこのことか。ところが、そんな安堵は束
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